太郎木工

太郎木工ブログ

左市弘

150127-1.jpg

この鑿は、以前勤めていた家具屋さんにいた年配の職人さんが、
昭和37年のお正月に買い求めた物。

昭和37年当時彼は大工さんで、相当に腕の立つ職人だったのですが、
この鑿を買ってしばらくして、大きな病気になり片腕を失ってしまいます。
片腕を失って高い所に上がれなくなったため、
紆余曲折を経て家具屋さんで働く事になったのでした。

私が彼と会ったのは、それから随分と経った頃で、
私が図面工としてその家具屋さんに就職した時の事。
昭和一桁生まれの彼は、私にとって厳しく怖い存在で、
普通に話しが出来る様になるまで、随分と時間が掛かりました。

その彼が、私が独立する時に譲ってくれたのがこの鑿なのですが、
買い求めてから直ぐに病気になってしまったので、ほぼ未使用で
左市弘と言う名が入った鑿でした。

左市弘は、道具に疎い私でも知っている高価な鑿なので、自分には分不相応だし
高価なので買う事が出来ないと伝えると、
「貧乏人から沢山取るつもりはないし、払える時に払えるだけ払えば良いよ
ある時払いの催促なしでどうだ?」と言ってくれました。
そして、お言葉に甘えさせてもらう事にしたのですが、独立して数年は、
仕事も安定しなくて払ったり、払えなかったりの状態で、
最後の数万円は直接彼に渡す事が出来ずに、ご仏前に納めさせて頂く形になってしまい
自分の不義理と思慮の無さを後悔しました・・・


話しが長くなりましたが、その鑿を入れる箱を作り直しました。
壊れかけていてずっと気になっていたのと、相変わらず分不相応な気がしていたので、
せめて箱だけでもキチンとしないと・・・と思っていたからです。
やっとですが、作ることが出来て、少し気持がスッキリとしました。

今日久しぶりに彼の事を思いだして、大切に使わなければ・・・と改めて思いました。


最近の工房便り

バックナンバー